オーガスト論補遺:『夜明け前より瑠璃色な-Moonlight Cradle-』について ※軽いネタバレあり

5M Vol.4に書けなかった内容の補完。
 この作品は『夜明け前より瑠璃色な』とそのPS2移植版『夜明け前より瑠璃色な -Brighter than dawning blue-』のファンディスクであり、本編に登場した各ヒロインのシナリオと、新キャラであるシンシア・マルグリットのシナリオ、それにオーガスト作品恒例のおまけシナリオで構成されている。既存ヒロインのシナリオはまあファンディスク的なもの(つまり後日談とHシーン)であるが、それについては省略しよう。
 明らかにこの作品でもっとも大きな比重を占めるのはシンシアのシナリオである。彼女のシナリオは彼女自身とメインヒロインであるフィーナ(彼女のシナリオはシンシアのシナリオをクリアした後に最終シナリオとして現れる)を除いたヒロインのシナリオをクリアした後に出現する。
 彼女のシナリオを選択する際に「ターミナルへようこそ」というメッセージが表示される。これはほかのヒロインのシナリオを選択するときの「貴方の隣にいたのは○○ですか?」(○○はヒロインの名前が入る)というメッセージと対照的であり、プレイヤーがそれを見てきたという事実の上に書かれている。後者のメッセージは我々に、本編をクリア済みのプレイヤーとして答えることを要求する(太字)。それはどのヒロインのシナリオを見るかという選択肢である。
 しかし「ターミナルへようこそ」というシンシアシナリオの実質的なはじめにおかれたテキストは違う。それはほかのヒロインとは単純に違うという事実によってまず印象的である。同じゲームの中に既存ヒロインの後日談と新ヒロインのシナリオが併置されているという状況に自然さを偽装するためには、たんに新ヒロインのシナリオを既存ヒロインの後におくだけでは十分でない。(さらに作品の最後にはメインヒロインであるフィーナのシナリオを配置しなくてはいけないという事情のためにシンシアのシナリオは最後であることもできないのだからなおさらだ)そのためにシナリオを選択することそのものの意味づけを変えなくてはならない。
 「ターミナルへようこそ」というテキストに直面したプレイヤーには「進む・戻る」という選択肢が与えられるが、「ターミナル」というこの時点でプレイヤーにとって未知である場所に「ようこそ」と誘われるという不明な状況で与えられるこの選択肢は権利としての選択を可能にしない。既存ヒロインの誰のシナリオを見るかという選択にあってはその機能が完全に可視的でゲーム的な難易度がいっさい存在しないという意味で純粋な選択機能を持っていた「はい・いいえ」と違い、ここでは選択の権利などないにも関わらず(ほかのヒロインのシナリオはもう終えてしまっている以上「戻る」道は閉ざされている)選択を強いる権力装置であり、本編をクリアしたことで物語を俯瞰する立場になった=プレイヤーになった我々を再び未知を探求するキャラクターに引き戻すトリックである。これによって既存ヒロインとの差別化が形式のレベルで行われる。
 そして内容もまた差別化される。主人公の朝霧達哉が迷い込んだ「ターミナル」とはロストテクノロジーによる時間空間跳躍の中継地であり、その管理者としてターミナルに滞在するシンシアは通常の時間軸からは切り離されている。プレイヤーに向かって仕掛けられた先ほどの選択肢に加え、この設定でさらなる訝しさを感じさせられるのだが、続いてシンシアが「並行世界理論」を説くに至ってはプレイヤーはこれがオーガスト作品らしからぬメタゲーであることを認めざるを得なくなる。ここで、ほかのシナリオの達哉は、「同じタイミング」でターミナルへ跳んで来た並行世界の存在であり、「貴方の隣にいたのは○○ですか?」というテキストは「どのタツヤさんがどの世界から来たのか」を調べ、「ちゃんと元の世界に戻してあげる」という「ターミナルの役割」を遂行するための質問だったと意味づけられる。ほかのシナリオを内部構造に組み入れることでこのシナリオはそれらと差別化されるのだ。つまりここではメタ構造が既存ヒロインと新ヒロインのシナリオが一つの作品の中に同居しているというファンディスク特有の問題を処理するために要請されている。きわめて常識的なことだがメタとは「何かに対する」メタである。メタ要素は何らかの構造を再現するために取り入れられるのであってそのものだけで考えられてはならない。そしてこの構造のすばらしいところは、終わった物語がすでにそこにある状態でなお新しい物語を立ち上げなければならないというアフターエロゲ的、エロゲーの危機的状況を半ば偶然、半ばは必然的に作品内のシナリオの配置として写し取ってしまっているところにある。つまりシンシアのシナリオはひとつの物語への挑戦であると同時に状況への批評という性格をも併せ持っているのだ。


シナリオを開始するところまでしかいかない…。続きとしてシンシア論を書く予定です。ヒロイン論とかどう書いたものか…