薔薇のマリア13

十文字青は(ことばのやや古い意味での)小説家だ。小説家はことばを紡ぐ、つなげる、曲げる、斬る、転がす。
しかしそれだけでは物語にならない。だから器は借りてくる、あるいは出来るに任せる。
筆の置かれた場所が、部分が生起していく。小説家によってなぞられたものは、ひとは、想いは、かたちをとっていく。
それは実体化し膨張し占有する。
結果として全体は調和を失う。
彼には構成力がなく判断力がなく、ただ筆力、素材を生成する力だけがある。
だから結果の見え透いているトーナメントを長々と書いてしまったり、ルーシー編なのにルーシーが不要だったりする。
この小説で最も魅力的な登場人物はSIXだが、それは彼がまさに十文字青のように存在するからだ。彼は無名の人々を誘惑し狂わせ舞台に上がらせる。背景にすぎない記号たちが意志を与えられ、特権的な記号=主人公たちに反乱し、作品世界を混沌に落とす。それはふれるものすべてにいのちを吹き込む十文字青の手と相似形だ。