ヒロインがたくさんいて同列の扱いでそれぞれ個別にイベントを起こしてページを割いていると、まあプロットが散漫になりやすいだろう。一方メインヒロインをしっかり決めてたらなんか一貫しているように見えやすいと考えられる。しかしサブヒロインが明確にメインヒロインの下に置かれるとかわいそうなのであまりよろしくない。
そのような理論的背景を持って『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を読むと、メインヒロインはタイトルにも表れているように絶対的に桐乃である。加えてサブヒロインとして黒猫とかがいる、という形になる。メインヒロインが桐乃ということは全体を桐乃攻略の過程と捉えることができるはずだが、桐乃はそもそも兄のことが嫌いな妹というキャラクターであり、そこから作品全体が始まっている以上、作品が続くためには桐乃と京介の関係が進展することは許されず、その危機の瞬間はできるだけ迂回され引き伸ばされていく。つまり間接的な桐乃ルートと読む権利を獲得する。
サブヒロイン筆頭である黒猫と京介の関係は特に5巻以降重みを得ていく。メインヒロインが桐乃である以上黒猫はどうあがいても副次的にしかなりえない。でも黒猫が一番好きというファンのためにはそれではまずいという矛盾がここで生じる。

「好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きなくらいには」

という作品を代表する名台詞がある。このセリフには少女の想いと作品世界全体が賭けられている。黒猫がこのような間接的な告白をしたのは第一には親友の桐乃を出し抜くのがいやだったからだと考えられるが、ここでは二つにわかれたひとつの世界が見事に重なり合っている。桐乃が京介を好きでないと解釈すれば黒猫も京介を好きでないことになり何も起こらず仲の良い日々が続く。しかし黒猫と桐乃がともに京介を好きだということになれば親友関係も兄弟関係も先輩後輩関係も今のままではいられない。さらにメタレベルでは作品自体が支えていた根拠をなくしクライマックスに踏み出さずにおれない。黒猫は桐乃を通してしか京介と関係できないという運命がここに現れている。それは京介の側からも同じで、京介は桐乃がいなくなったときに桐乃の代替として黒猫にかまおうとする。で、最初に書いたこととつながる。メインヒロイン支配による一貫性とサブヒロインによる多様性を両立するものとして、『俺妹』ではサブヒロインの背後にいるメインヒロインを攻略する、あるいはメインヒロインの代理としてサブヒロインを攻略するという方法がとられている。サブヒロインその2のあやせも桐乃を通して京介に関係し、桐乃を尊敬して髪型まで真似ているという設定が示すように桐乃の代理である。
この中に1人、妹がいる!』はこのような解釈をもとにした作品と捉えることが可能である。ヒロインが全員可能的に妹であるという設定は黒猫やあやせが桐乃の代理であるという状況を戯画化したと言うこともできる。
他のヒロインの分身である桐乃はしかし自分自身は作品世界の前提であるためにデレることができないという極めて微妙な立場に置かれている。『俺妹』5巻以降はこのような状況を克服していかに桐乃エンドにたどり着くかという不可能に見える挑戦である。